幅広のネクタイでもし

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幅広のネクタイでもし


 伝兵衛は留吉に目で合図し、金太郎をひき渡した。
 留吉はおもむろに始めた。どうやら留吉も役割がわかってきたらしい。留吉が火をつけ、容疑者がムキになり、伝兵衛が油を注ぎ、容疑者を燃え上がらせ、自白に追い込むパターンだ。奇抜な捜査法と聞かされていたが、きわめてオーソドックスだ。留吉は大いに感心していた。
「欲求不満が凝《こ》り固まって、工員は仕事中でも鼻血出すんだってなあ。トルコに通うほど給料はもらっちゃいめえ、それで手ごろなブスを海に誘って欲求を満たす。ところがブスはここぞとばかり結婚を迫る。よくあるパターンだよ。醜女《しこめ》の深情けとか、ブスのオセロゲームとか、中学んとき、古今和歌集とか新古今和歌集とかで習ったろ。ブスってのはなあ、手握っただけでポコポコ子供ができちゃうんだよ。ブスの多産系ってあるのを知ってるだろう。おれはそこんとこに今までおびえてきたおかげで、今のおれの美意識を確立したのよ、ザマアみろ。ほんとおれくやしいんだよ。テメエら熊手みてえに手ひろげといて、うまくひっかかりゃあなんでもいいんだろうが、おれなんかこの年になって好きな女に声もかけられねえってのによお。チキショウ」
「熊田君、きみ何言ってんだ。そういうことは、家に帰ってから日記にぶつければいいことじゃないのか。捜査してんだから、私的なことは慎んでほしいな」
「は、申しわけありません。じゃ続けます。昨日読んだ新聞記事に、子供が生まれてもロッカーにほうり込むしかない悲惨な生活。動転して首を絞める、なんて載ってるが、テメエらどうして週刊誌の読みすぎを丸出しにした、パターンにしかはまらねえまねばっかりやってこれるんだ」
「ちがう、ぼくじゃない、絶対にぼくじゃないんだ!」
 金太郎は机をたたき、絶叫し、伝兵衛にすがりついた。
「そう、きみばかりの責任ではない。これは政治の貧困だ。子供一人満足に育てられないこの住宅事情で、なんの福祉国家だ。ぼくは声を大にして訴えたいよ。だからといってヤケッパチになってもいいって法はないんだよ。どうしてそう捨て身になるんだ。え、どうして前向きに取り組もうとしないんだ。逃げ腰になって、『ぼくじゃない』って机たたいても、何も本質的な解決にはならないじゃないか。なぜ若者らしくがんばってみようとしないのかね!」
 あくまで伝兵衛の口調は、留吉のたたみこみを見越してやわらかい。
「がんばってるじゃありませんか!」
 留吉は伝兵衛の期待どおり、声を張りあげた。
「だったらどうして若い者が、新宿あたりで待ち合わせて海へ行けるってんだ、ああん。一張羅《いつちようら》をはりこみ、め、車をかっぱらって海へ突っ込む。このくらいの体裁をなぜつけようとしなかったんだ、ああん。よおし、スナックじゃなくって喫茶店で明日海に行こうと約束したところまではわかったよ。そこまでは条件のんでやるよ。おれがあとで部長にたのみこんでやるからさ。いいか、これでさっきの借りは返したぞ。で、新宿のどこで待ち合わせて行ったんだ。新宿だって待ち合わせをするところには事欠かねえんだぜ。だいたい何かあるとおまえたちはすぐ、『新宿で会わない?』なんて言うんだよ。おれの田舎だって町役場なんかに就職しているやつに限って、学生のころ盆や正月に帰省してきて、よくブキ町だのジュクだの三丁目だのとほざいてやがったよ。そんなことだから罪もねえのに、だんだん出稼《でかせ》ぎの街みたいになっちゃうんだよ。さあ、新宿のどこだ。このクソ暑いのに大の男二人が大声を出してんだ、さ、こんどこそ三遊間きれいに抜いてもらうぞ」
「山手線ホーム外回りの、いちばん渋谷よりの売店の前です」
「……ハチ公前も候補に上がったんだろう?」
 留吉はこぶしを握りしめている。
「ウン、それと西口公園とね。あら、どうして刑事さんわかるの? 日本の警察ってなんでもわかっちゃ
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